きっかけを大切に育てる
思えば8年前に多読音読のレッスンをスタートしてから 「これが自分の仕事になっていくのかな。」と確信のようなものを持ったのは 3年が過ぎようとしていた頃でした。 その3年間、いろんな人が仕事のきっかけを作ってくれました。 […]
教師としての在り方、日々の思いについて
思えば8年前に多読音読のレッスンをスタートしてから 「これが自分の仕事になっていくのかな。」と確信のようなものを持ったのは 3年が過ぎようとしていた頃でした。 その3年間、いろんな人が仕事のきっかけを作ってくれました。 […]
今年6月にホームページをリニューアルし、ブログを一から書き始めました。 WordPressも見よう見まねで作り直し、半年になろうかというところです。 昔から文章を書くことは好きでした。 なかなか口で自分の考えをうまく伝え
教員になった当時は、まだのどかでのんびりとした空気が教育現場でも残っていたように思います。 子どもの在校時間といって、子どもを縛ることもありませんでしたし、逆に放課後、危機管理面から早々に下校させるといった傾向はここ十数
自分がどうして教師になったかほとんどよく覚えていないということを以前お話ししました。 なんとなく教育学部に入り、なんとなく教育実習を終え、教員採用試験を受けて教師の道に進みました。 なんとなく進んだ教師の道でしたが、実家
人のためには動ける、そういうタイプの方いらっしゃると思います。 実は私もそうでして、未だかつてないほど動き回っています。 商工会議所にも足を運び、チラシ配りもしています。 自分ごとではそんなに一生懸命になれなかった私です
コロナ禍の英語レッスンでは、歌を歌ったり大きな声を出すようなゲームは避けてきました。 普段はフォニックス関係のゲームをデュアルタスク的に競うことをやったりするのですが、流石に今回は多読本の整理記録をしたり、ゲームもタブレ
歳とともに、物欲というか欲しいものは少なくなってきています。 これから先たくさんのものを持っていても、なにかあれば残された者が大変だということを身をもって知るようになってきたからかもしれません。今手にしたものと、これから
グループレッスンは1ヶ月3回のレッスンで組んでおり、月末もしくは月初、少し時間があります。 ここでやっているのがその月のまとめと次月の準備。 まず、その月のレッスン生、体験レッスン、休会、退会などを取りまとめ、月初の人数
同居していた義母は身体が弱く、基本的に子どもの世話をお願いすることはありませんでした。 夜会議があれば子連れで出かけましたし、仕事を片付けるために日曜出勤する時も子どもを連れて出かけていました。 それでも、私が家事をして
小、中、高等学校の免許を持ってはいましたが、教員を辞める時、すぐその後、未就学児を教えることになるとは思いませんでした。 子ども園での指導が始まり、続いて小学生への指導もスタートしました。小学生までのお子さんへのレッスン