学校現場では,特別支援教育にも
長く携わらせていただきました。
初任校の最初の年,
金管バンド指導で,受け入れたのが最初だったかと思います。
マーチングをしながら小太鼓を叩くというのは,
一つのことを同時にやるという意味では,
どの子にとっても難しいものです。
リズム指導もしながら,動きを視点となる子の横に配置して,できるだけ動きを小さくするなど,
試行しながらの毎日でした。
2校目では,ダウン症のお子さんへの家庭科指導がありました。
見えない部分を想像することが難しいため,
なみぬいの練習を表と裏で運指の点の色を変え,
しかも番号打ちする下準備をして,
手縫いでナップザックを仕上げました。
この頃はもう,特別支援教育に私自身のめり込んでいました。
スモールステップで,視覚に訴えながら
指導を工夫していくことは,
どんな子どもの指導にも通じる大切なステップであり,
こういった子どもの視線や注視の癖を
意識しながら指導計画や教材を作っていくことは
子ども以上に
非常に達成感がありました。
4校目で念願の支援学級担任をしましたが,
今の支援学級と比べて
発話もなく言葉でのコミュニケーションを取りづらい,重度のお子さんが多かったです。
そこでは,言語に頼らない
サポートの仕方を学びました。
同時に子どもの育ちを待つという姿勢も
身についた気がします。
個人的な意見になりますが,
昔と比べて,おしなべて人並みや平均値を大事にする時代になったような気がします。
異質を認めないというのはまだしも,
異質を排除する風潮があるところも見受けられ,
気になるところです。
発達に多少の遅れがあるというだけで,
存在の個性は,
どんなお子さんにも引けを取りません。
英語教育で言えば,音声の敏感さに優れ,
「謝りなさい」というより,
「What do you say?」
という言葉に反応して謝るような,違う音をよく聞き分けるところもあります。
純粋で,前向きで,
いったん信頼関係ができると
とことん信頼を寄せてくれる
そんな子どもたちに応えたい,
何か役に立ちたい
そういった気持ちは
いま英語指導をしていても
忘れることはありません。

