大学に入るまでの私は,いわゆる一般的な概念でガチガチに凝り固まった人間だったと思います。
それは,心配性で過干渉の母親の影響もあったかと思います。
「学生はこうあるべき」
「家庭ではこう振る舞うべき」etc
さまざまな
「〜べき」にがんじがらめになっていました。
それが変わったのが大学に入ってからだと思います。
小学校教員の中でも音楽を専修したことで,まず音楽を通して自分の持っている概念は大きく崩されました。
それは自分の聞いた音楽や演奏する音楽を,一般的な概念でなく自分の言葉に置き換えることを繰り返したことで身についていきました。
なんとなく綺麗、なんとなく美しい、そんな漠然とした感覚だけでなく,自分の言葉で置き換えること。
自分の演奏の目的や狙いを自分の言葉で語ること。
非言語の感覚も非常に大切だと思うのですが,自分の言葉に置き換える作業を繰り返すことで,どれだけ世間一般的な概念に自分が囚われていたのかもよくわかりましたし,その考え方は自分の生活全般にも影響を与えたと思います。
今でもそういう傾向は残っています。ただ,あまりにも理屈っぽくなるところは避けなくてはいけないと思いますが…。
元々、自由でありたい気質もあったのでしょう。
たくさんの面白い人々や先生方に出会い,自分の感覚を覆され,概念を一新する経験は,本当に貴重だったと。
概念崩し、そんな体験をした大学4年間は,自分自身が大きく変わったところでした。一人で考えたり,試行錯誤したりするのが好きになったのもこの時期です。学ぶということは本来はこういうことなんだなと新鮮な4年間でした。なので、周りの子どもたちにも,本人に希望や可能性があるなら,是非そういう回り道のできる学生時代を過ごして欲しいなと願っています。
繰り返しになりますが,そうは言いながらも言葉にできない部分というものも大切にしたいなと考えます。沈黙の中には多くの言葉が詰まっているのです。
今も固定観念で見ないようにしよう,ありきたりの価値観から離れてみよう,そういった気持ちは持ち続けたいと思っていますし,自分なりに新しい形に組み替えたり,生み出したりしようという気持ちも忘れないようにしたいと思います。
自分の言葉で考え検証し,生み出す。
こういうことができなくなったら,引退しようかなと思っています。


