同居していた義母は身体が弱く、基本的に子どもの世話をお願いすることはありませんでした。
夜会議があれば子連れで出かけましたし、仕事を片付けるために日曜出勤する時も子どもを連れて出かけていました。
それでも、私が家事をしている間は子どもたちのことをよく見てくれていました。
私がとても感心していたのは
我が子が遊ぶ様子を手出しをせずにずっと見守っていてくれたことです。
レゴにしろ積み木にしろ、みなし遊びにしろ、特に一緒にするという感じではありませんでしたが、一つ一つ試行する子どもたちをよく見ていてくれました。
黙って見守る
それはなかなかできないことなのです。
あれやこれやアドバイスしてしまいますし、先回りして答えを教えてしまうということもあるかと思います。
そこをグッと堪えて、黙って見守り続けた義母。
今更ながらすごいなと思います。
子どもは信頼できる大人が見ていてくれると、いくらでもチャレンジします。
縄跳びが始まれば、「二重跳びができるようになったよ。」と、よく私に報告に来てくれました。
連れ出されて、校庭で見ていても結構引っかかったりで、なかなか完璧に跳ぶことはできません。
それでも「見ててね、見ててね。」という子どもに付き合って見ていると、頑張って跳び続けますし、やがてはできるようになっていきます。
「できるようになったらまた見せてね。」では、子どもは持続して頑張りきれないのです。
工作でも作文でもそうです。
子どもは思考が分散してまとまらないのだから、ある程度ヒントを与えていいんだよと言われる方もいらっしゃいます。
確かにそれもありなのですが、まず子どもの思考のぐるぐるを見守る時間というのが必要だと思っています。
効率を求める今の時代、逆行しているともいえますが…。
サポートし、見守る側は結構我慢も必要です。
けれど、その見守りの中でできるようになる瞬間を共有できるというのは、お互いに達成感を感じる幸せな時間になります。
そしてその積み重ねが、次のモチベーションへとつながっていくのです。

