春駒のうた

自分がどうして教師になったかほとんどよく覚えていないということを以前お話ししました。

なんとなく教育学部に入り、なんとなく教育実習を終え、教員採用試験を受けて教師の道に進みました。
なんとなく進んだ教師の道でしたが、実家の書籍を整理していて見つけた本にそのルーツを見つけることができました。

『春駒のうた』


忘れもしない、私が小学校2年生の時に父が買ってきてくれた本です。
当時課題図書として銀色のシールが貼られていました。父はそのシールを見て買ってきてくれたのでしょう。普段からたくさんの本を買ってきてくれる父でしたが、その本は小学2年生が読むにはかなり難しかったと記憶しています。

それでも私にとって、とても好きな何度も読み返す本の一冊になりました。
子どもの頃は、文中に出てくる桜の花の咲く場面が好きでした。
桜の花が花開く時、音がするというのです。
それを主人公である若い女の先生と受け持ちの子どもたちで早朝聴きにいくというシーンでした。

それから時間が経ち、読み返せば読み返すほど、感動のポイントが変わる名作だったと思います。
若い女教師と村の人々との交流。
今でいう不登校の問題。
足を麻痺した少年とそれを取り巻く子どもたちのやりとり。
障害のある子どもの支援。
戦争でなくした息子と戦争そのものを美化し引きずる少年の祖父。
現代にも通じる教育という場の課題が、素直にかつ温かく描かれていました。

潜在的にこの本から得たものは大きかったのだと思います。
それが見えない形で教師という道へ導いてくれたのかもしれません。

教師として子どもたちを見ていても、学童期何気ない体験や出会い読書が、子どもの未来に大きく関わることはよくあります。
そういった小さな体験を大切にしてあげたいし、そこで受け取ったものを子どもと共感し続けたいと思うのです。

余談ですが、晩年の宮川ひろさんに日本作文の会全国大会でお会いできたのは心に残る思い出で教師としての自分のたたずまいを改めて見直すことにもなりました。

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