教師という仕事①

3人兄弟の一番上だった私は女の子ということもあり,進路選択という余地はありませんでした。高校も転入したばかりで安全圏をという親の意見に従いましたし,大学進学もそんな感じでした。

というのも下2人の弟がすぐ次の進学を控えていたからです。私にとって県内の大学進学は議論するまでもなく当たり前のことであり,しかも国公立に限られていました。当時は男女問わず,県外の大学への進学も多く,記念受験,受験旅行という言葉もあるほどでしたが,滑り止めを受けることもなく,県内の大学に進学しました。落ちたら公務員試験を受けようかな、そのくらいの感覚だったのです。

周りが羨ましくなかったと言えば嘘になります。

県外に出ればそのまま県外で就職というパターンも多く,もしかしたら違う人生もあったかもしれないと思うことも若い頃はありました。

そういう気持ちがやはりどこかにあったのでしょう。母からは反対されましたが,娘は行きたいところに進学させたい,自分で選択した道を歩ませたいといつも思っていました。

学校現場でも自分の意思とは遠いところで,子どもたちの未来が作られていくのを多々見てきましたし,自分一人の力ではどうにもならないことを歯痒く感じることもありました。今は経済的にはどの子も大学進学のできる状況になってきましたし,ほぼほぼ将来が決まってしまう進学が子どもの気持ちに寄り添うものであってほしいと強く思います。

県外に進学して,今後どういう道に進むかは分かりませんがおそらく就職も県外になるだろうと思われる娘です。
それはそれで良かったと思いますが,今は私自身少し考えが変わっています。

それは,本意であろうと不本意であろうと,人は自分らしい人生に導かれるのだろうということ。

選択しようがしまいが,その人らしく生きる人生は準備されている,と今になると思います。
その時その時の自分のすすむ道に失望したり,悲しんだりする必要はないと。そこからまた導かれる素晴らしい人生があるのだと。これからの人には伝えたいです。

話を自分に戻します。

教師という職業も自分自身が積極的に選択したものではありませんでした。が,不器用で人見知りの強かった自分にとって,自分を表現するという点でこんなにしっくりくる職業はなかったなと思います。大好きな仕事であり,自分は運が良かったなと。

そして無意識のようでありながら,いくつかの伏線が教師という仕事へ導いてくれたのではないかと。

そのことについては後日お話ししたいと思います。

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