多読のひとつの側面に光を当てることになり,
多少なりともがっかりされる方もいらっしゃるかもしれません。
多読が進むからと言って,
英語の本を読むのが好きになるわけではありません。
多少読めるようになったからといって、
わざわざ英語で書かれた本を読むようになるお子さんは
非常に少ないと思います。
日本に住んでいて,
日本語で書かれているなら,
おそらくほとんどの子どもが日本語で書かれた本を読むことでしょう。
普通に考えて,
また自分たちの立場に置き換えても
間違いないことだと思います。
しかし,
子どもが英語のテキストを読むようになる条件はあると思います。
① 英語でしか読むことのできない情報
② 周りが英語という環境で読む時
③ 英語と日本語を読み比べる必要性のある時
④ 個人的な嗜好,または学び
子どもたちは大変合理的に物事を考えるので,
「なぜ日本語で書かれているのに英語で読まなければならないのか」
と、考えるのです。
もしかすると多読音読を進める上で,
そういう疑問をぶつけられることがあれば
賢く素直なお子さんだなと
感心されていいのです。
その際,必要になるのが①から④の考え方です。
自分の好きなゲームの攻略が英語でしか書かれていなかったら,
自分の好きなアイドルのことが海外で評価されているのを知りたくなったら,
または海外に住みたくなり、必要な情報を取らなければならなくなったら,
英語の多読音読を積み上げていくこと
多読で読みの土台を積んでおくことは
非常に大切なことです。
また,日本における重大な政治上,災害上の危機が起こった場合,海外のソースを見比べながら,自分の中でより正確な情報へと修正していくことも大切だと考えます。(近い例では東日本大震災の時,個人的にそう感じました。)
ただ,非常に読書好きなお子さんの場合,
日本語でも自分の嗜好の範囲で良いので,背伸びしてでも読んでいこうとするお子さんだと,
多読音読がそのまま,英語の書籍においても読書好きになるということはあると思っています。
村上春樹が高校時代,父親の書庫から英語の小説を選んで読んでいたというのは有名な話です。
日本語のレベルの高い読書習慣のついている子は,英語の本好きに繋がることがある。
そういうことだと思います。
なので,ただ楽しめばいい
という多読音読の指導はどこかでつまづくと
考えています。
レベルを上げて読んでいく積み重ねがなければ,
結局,日本語で読んだ方が楽しいし楽。
ということになってしまうからです。

